イラストが添えられた色とりどりの日記。きちょうめんな字でつづられた就職活動や転職の記録。子育て日誌……。
普段は目にすることのない「他人の手帳」を集めたイベント「北浜手帳ライブラリー」が、大阪市北区で開かれている。
終活支援や遺品整理などを手掛ける会社「まことクリエイティブ」が、「終活支援の一つは思いを残すことでもある」と企画した。遺品だけではなく、存命の人から寄贈・貸与された手帳も読むことができる。
東北地方の女性(54)も手帳を寄贈した。つづったのは、苦手だった英語の勉強に取り組み、10年かけて英検準1級に合格するまでの歩みだ。
「さっきの人、いやな感じだったね」
同僚の言葉に驚いたのは、語学研修施設への初出勤の日のことだった。
「今回の新人はあいさつすらできないんだね、って言っていたでしょ」
英語で嫌みを言われたようだったが、わからなかった。
それまでの人生がよぎった
悔しさよりもあきらめに似た思いがあった。周囲の職員はアメリカ人やイギリス人。日本人も英語を話せる人が多い中で、事務員の自分は英語を全く話せない。当時、33歳だった。
英語が出来ないと半人前扱いだが、しょうがない。あきらめようと思った。
一方で、それまでの人生がよぎった。
絵描きを目指して、昼は働きながら夜に美術学校に通ったものの、「才能がない」と諦めて地元に帰った。
そこで出会った夫と家庭を築き、幸せではある。
でも、自分も何かをやり遂げたい。
英検準1級合格を目標に定めた。
合格したように書いた日記
子育てしながら働いていたので、勉強に充てられるのは早朝だけ。毎日午前4時に起きて、ふせんにその日進める勉強を書き出し、テキストを音読したり、リスニングをしたり。2級までは順調に合格し、さあ、準1級だ。
《perspire汗をかく》
《indigenous土着の》
持ち歩いて復習できるよう、手帳にはその日の出来事のほかに、覚えられていない単語をびっしり書き込み、何度も見直した。文法を記したり、英語で日記を書いたりした日もあった。
意気込んでいた矢先にインフルエンザにかかり、試験は受けられなかった。
ただ、日記には合格したように書かれている。
《英語科を卒業した訳でも無いし、留学経験も無い。(中略)忙しい時間の合間を工夫して合格することができた》
どうして、かなわなかった合格を書き記したのか。明確な記憶はないという。
「多分、気持ちに折り合いをつけようとしていたんでしょうね。それだけ悔しかったんでしょう」
中断を挟みながらも勉強を続け、ついに英検準1級を取得したとき、勉強を始めてから約10年が経っていた。
「過去の自分が書いたものを読み返すのは気恥ずかしい」と、これまで手帳を振り返ることはなかったという。
「でも、私も他人の手帳って見たことがない。読みたい人がいるかもしれないと思って、寄贈しました」
◇
「北浜手帳ライブラリー」は8月29日まで。平日午前10時~午後8時。最初の1時間が1100円、以降30分ごとに330円。事前予約制で、来場時には身分証明書が必要。問い合わせはまことクリエイティブ(06・6311・3001)。